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2010年10月 8日 (金)

小樽内橋

新川が日本海にそそぐ河口近くに未完成のまま放置された廃橋がある。

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ここはウオーキングコースの折り返地点にあり(14km)、以前から不思議に思っていたので調べてみることにした。

先ず橋の現況を探索

途中で何らかの原因で作業が中止されたもよう、橋げたが草むらのなかに埋没していた。

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工事はここでストップ、鉄骨は長い風雪に晒され錆びが酷い

ここからよじ登り橋の状態を見てみようとしたが、ワシの力では無理だった。

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対岸からみることにした。砂利道をトボトボあるくこと40分

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対岸に到着、手前は雑草に覆われていた。

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幅は狭く、車は1台通れるほどでコンクリート部分の傷みはないがガードレールは腐れ脱落している部分が多い。ガードレールがあるということは車道か?

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プレートは1962年6月、下部はよく見えない、製造者がわかればそこから調べようとしたが「製作株式会社 ○路製作所」

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家に帰りネットで探索

何人か調べた人がいました。

オタルナイはアイヌ語で「砂の中を流れる川」と呼んでいた。

この河口に松前藩の八木勘右衛門が和人として初めて漁場を開いた。この新川を中心にして村が栄えて行った。

しかし、船が出入りする港としては機能的には不適切な場所。最終的に入船川河口(現在の小樽市住吉町)に場所が移されオタルナイが小樽となった。

住民もオタルナイから小樽へ移住していたが、数家族はオタルナイに残った。

当時小樽との交流は新川に木造の橋をつくっていたが、1962年6月鉄骨のガードレール橋を造ることにしたようです。

しかし、地域制に不便を感じるため住民はほどなく去っていきましため工事は中止になり現在の姿を残すこととなった・・・これが真相のようです。

数日中に橋の行き先であった、オタナイの沼について報告いたします。

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