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2010年12月 1日 (水)

石狩小樽間に謎の沼

新川河口へのウオークは昨年から始めているが、当初から河口近くにある廃橋が気にかかっていた。

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一度も使用されずに途中で工事を中止。

しかも、この橋の行き先は原野、何故こんな所に橋を造ろうとしたのか、理由はあるはず。

早速、現地調査をすることとした。

ヤフーの地図で小樽を検索し問題の橋の前方に今まで聞いたこともな沼、オタナイの沼があった。

私の家から15キロ位離れてる場所、近くにあるのに知らなかったとは情けない。

しかも、この地域に何十年も住んでいるのに・・・

ヒントはここにあると思い調査したところ、今から400年前アイヌの集落がこの沼を中心にして栄えていた。

慶長年間1596年(約400年前)福山の住人、八木勘右衛門がオタルナイに入り和人として初めて漁業を営む。

また、1868年にはオタルナイ騒動があった(調査中)。

当時、新川にかかる木造の橋は、この一帯で唯一の橋であった。

1962年オタルナイには10軒ほどの住民は、漁業や農業をして生業を立てていた。

小樽市は小樽からのアクセス路として木造から鉄骨の橋に着手したが、住民は次第に土地を捨て橋の利用価値はゼロとなったことから、現在のような廃橋となった。

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オタナイの沼を訪ねて

橋はこの状態で中止されていることから、この延長上にオタナイ集落への道路はあったものと思われる。

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まもなく延長上に獣道のような小道を発見、50年前の道ですが、1年に何人か通っている形跡あり。

新川が流れていたと思われる、この向こうにオタナイ沼があった。

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50年前の道は笹に覆われかすかに残っていた。

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人家があったと思われる場所。

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雑草の向こうにオタナイの沼を見つけました。水の流れ込む川や流れ出す川はない。

雨水だけなら涸れるが湧き水があるのかも?

オタナイの沼はもともと新川が流れていた。その名残である。

多数の海鳥が羽を休めていた。

この沼周辺に集落があり、漁業や農業をしている人々の姿が見えるようである。

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沼の大きさは推定であるが、長さ180m、幅50m位、深さはそれほどないようである。水草が中心部にも生えている。

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沼の前海は日本海

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今回は野草により人々の暮らし跡を垣間見ることはできませんでしたが、野草の生える前(春)にもう一度きてみたいと思っている。

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