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2011年5月 7日 (土)

オタナイ村を訪ねて32kmのウオーク

いまから400年前オタルナイの沼を中心にアイヌ部落(オタルナイ村)が栄えていた。生活は漁業を主に狩猟で生計を立てていた。近くに新川が流れていることからサケの漁獲は大きかったと思われる。

慶長年間1596年(約400年前)福山の住人、八木勘右衛門がオタルナイに入り和人として初めて漁業を営む。

和人はアイヌ人をなかば奴隷のように扱い、権威をふるっていた。アイヌ人は顔に似合わず、気がすごく優しい。反発することは殆どない。

和人に娘や女房を愛人にさせられても我慢していた。

部落は次第に和人の村となっていった。

行き先:オタルナイの沼・沼を中心にオタルナイ村が出来た。

ウオーク距離:往復32キロ(家~桜つづみ公園~オタルナイの沼)

携帯品:あんこ餅2個、お茶500ml 2本、おにぎり2個、携帯電話、万歩計。

8時我が家を出発

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40分後さくらつづみ公園に着く

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公園は14キロ続く。曇っているが雨は降っていない。芝生も青々とし瑞々しい。

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14キロのウオークは終わり、砂利道にはいる。泥んこ状態は2キロ続く。

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廃橋にたどり着く。オタルナイ村へつながる計画でしたが、村人は去り廃橋となった。

小樽内橋

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ここから右折しアイヌも通った古道に入る

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獣の道が続く

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オタルナイ発祥の地記念碑

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↑横に方向台

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オタルナイの沼・400年前アイヌ達は同じ場所でこの沼を見、漁をしていた。

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400年前と何ら変わらない荒れた日本海がある。カモメも飛んで、遥か向こうは小樽。この海でニシン漁をしていたのか?

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住居跡と思われる

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ストーンがサークル状に並んでいる部分を発見、住民が住んでいた証

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新川の向こうに手稲山連峰が見える。アイヌ達もこの川で生計を立て、あの山を幾度となく見上げたことか!

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天気は良くありませんでしたが、現地をよく観察することができた。もう少しすると背丈ほどの草に覆われ住居跡は見ることは出来ない。先人を偲びながらのウオークの旅でした。

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