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2011年10月 8日 (土)

あかとんぼ

遊歩道を歩くと、羽にキズついた赤とんぼは、元気に飛び立つ。初雪は直ぐ近くの山を白く染めているのに、幾ばくもない命を惜しむように・・・

懐かしい唱歌を新聞で見たので調べてみました。

赤とんぼのこと       三木露風

Images

 とんぼが飛ぶ頃になると、時は暑くはなく寒くはなく、よい気候となるのである。頭が大きいのが、その特色である。群れているとか、たびたび見るとかで、わりあいによく印象を受ける虫である。他のもによってよりも、とんぼを思うて、その頃を、考えたりする。私が作った童謡に「赤とんぼ」と題する作がある。次に擧げる童謡である。

夕焼け、小焼の、
赤とんぼ、
負われて見たのはいつの日か。

山の畑の、
桑の實を、
小籠に摘んだは、
まぼろしか。

十五で姐やは
嫁に行き、
お里のたよりも、
絶えはてた。

夕焼け、小焼の、
赤とんぼ、
とまっているよ、
竿の先。

 これは、私の小さい時のおもいでである。「赤とんぼ」を、作ったのは大正十年で、處は、北海道函館附近のトラピスト修道院に於いてであった。或日午後四時頃に、窓の外を見て、ふと眼についたのは、赤とんぼであった。静かな空気と光の中に、竿の先に、じっととまっているのであった。それが、かなり長い間、飛び去ろうとしない。私は、それを見ていた。後に、「赤とんぼ」を作ったのである。関係のある『樫の實』に発表した。
 家で頼んだ子守娘がいた。その娘が、私を負うていた。西の山の上に、夕焼していた。草の廣場に、赤とんぼが飛んでいた。それを負われてゐる私は見た。そのことをおぼえている。北海道で、赤とんぼを見て、思いだしたことである。
 大分大きくなったので、子守娘は、里へ歸った。ちらと聞いたのは、嫁に行ったということである。山の畑というのは、私の家の北の方の畑である。
 故郷で見た赤とんぼに就いて云うと、あれから何年もたって、小学校へ行くようになり、通学したが、尋常小学校への道では見なかったが、高等小学校へ進んでからの通学の道では、あれは何という赤いきれいなとんぼだろうと、思ったことである。
 私が今住んでいる處へも、その時になると、どこからか、毎日赤とんぼが、庭え飛んでくるのである。
 とんぼは前段に書いた如く、頭が大きいのが、特色ではあるが、そのほか精巧である。長身にて、四枚の羽、六本の足、そうして、その羽は透いている。
 飄々として、處定めず飛んでいる虫である。

三木露風:赤とんぼのこと 自筆原稿

Miki_1_2

Miki_2x_5

Miki_3x_2

Miki_4x_7
蛇足

負われて(あかとんぼが追われていたのでなく、作者が小さい頃背負われていた)

十五で姐やは(作詞を見るまでは、十五で姉さんは嫁に。と思っていた)

北海道函館附近のトラピスト修道院(北斗市男子トラピスト修道院で文学や美学の講師をしていた)

お里のたよりも(幼い子どもたちの面倒を見たり、炊事の手伝いなどをした年若な女中の里の意見や実家、育ててくれたお祖父ちゃんの家を指す意見がある)


『赤とんぼ』は、大正10年(1921)、露風32歳のとき、北海道のトラピスト修道院で作られました。

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