« 晩秋の火山遺構公園を訪ねて(心霊スポットを訪ねて) | トップページ | 独裁者は処刑される。 »

2011年11月 6日 (日)

我が町にクマ現れる

札幌・手稲でクマ

2日午前9時10分ごろ、札幌市手稲区富丘の市道で、クマ1頭が歩いているのを、通りかかった男性(42)が目撃し、110番通報した。

札幌手稲署によると、現場は同市手稲青少年キャンプ場「カッコウの森」の入口付近で、住宅街から約1キロの地点。クマは体長約1.5メートルで、国道5号線方向に歩いていったという。

市は同日午後から、キャンプ場向の「手稲本町市民の森」を閉鎖、散歩路の利用を中止した。キャンプ場は夏季営業が終わり、9月11日から閉鎖している。(北海道新聞)

早速現場へ行ってみた。我が家から直線で約1.5キロ、新聞記事では住宅街まで1キロということであったが、もっと近く300メートル位であった。Dvc00017_2

Dvc00016

立入禁止看板からは、直ぐ近くに住宅が見える。

Dvc00020_3

雑木林にはクマがすそんでいそうな雰囲気
Dvc00014_3

青少年キャンプ場へ向かう道は閉鎖されていた。

Dvc00022_2

三樽別川は川が流れクマの生息に適している。

Dvc00023

ヒグマは早いのでは10月末には冬眠にはいる。11月中には殆ど冬眠する。冬眠中は、一切食事は取らない。尿は膀胱壁から再吸収する機能をもっていて、排泄しない。冬眠期間は大体100日位である。メスクマは1月頃に出産する。

クマにまつわる話

1975年4月8日、長万部の国有林を調査していた人が雪の中に落ちた。そのときはまだクマの穴とは気づかなかったが、はい上がってからすぐ1頭のヒグマが飛び出してきて背後から脚を咬まれた。まだ若いクマだったが、持っていたスコップを振るって撃退した

 1976年12月2日、上川の国有林で雑木を伐採していた作業員の一人が、雪を破った穴から飛び出してきたクマに襲われた。鉈を持っていたが足下が悪くて振るうことができず、前足で頭を強打されて死亡した。このクマは翌日射殺された。推定13歳、体長160cmの雌。穴には2頭の子がいた。

 1977年4月7日、滝上町の国有林で作業員が穴から飛び出してきたクマに咬みつかれたが、口の中に右手を押し込むとクマは逃走した。この時も穴には2頭の子がいた(門崎允昭、ヒグマ、1987)。

ヒグマの凶暴な事件を一つ・・・気の弱い方は絶対読まないで下さい(昨年の記事から)!

古い事件ですが大正4年12月9日、苫前郡苫前村三毛別御料に入植した15戸の開拓農家の一つ大田三郎宅で惨劇は幕をあけた。

要吉(59)が昼食をとりに12時頃家に戻ると、屋内はシーンと静まりかえり、薄暗い炉端裏の片隅に幹夫(6)が佇んでいた。要吉は幹夫の傍に行き、小さく肩をゆすった。

重心はくずれ幹夫の身体は床に崩れおちた。右側頭部に親指大の穴があいており、咽喉がえぐりとられすでに息絶えてた。

事態を聞きつけた集落の男衆が家の中で見たものは、無残に切り裂かれた血だらけの夜具と、板壁一面に押された真っ赤な手形の跡であった。現場に残っていた足跡からクマに襲われたことは一目瞭然で大田宅の内妻マユ(34)の姿はそこになく、クマが逃げたと思われる道筋に、点々とした血痕とマユを引きずったと思われる形跡が林の中へと続いていた。

よく10日、マユ捜査のため男衆は班を組んで林に入った。大田宅から150メートルの所で、突然クマに出くわした。

1人が驚いて銃を撃ったが不発だった。クマは意外にも逃げた。

クマが飛び出して来たトドマツの根元からマユの頭蓋骨とほとんど食いつくされた腰下だけの両足が見つかり、おびただしい血痕で目覆うばかりであった。

葬式は恐怖のあまり人は姿を見せず、参列者は喪主のほか6人だけであった。大田の主が酒をふるまっていた夜の8時頃、板壁が大音響とともに打ち破られ、ヌッとクマが顔を出した。男衆は銃を撃ったのでクマは闇夜に消えた。

大田宅から500メートル離れた明景安太郎宅は、男衆がいない家の女や子供たちの避難場所になっていた。

屋内には、妻のヤョ(34)、長男力蔵(10)、二男勇太郎(8)、長女ヒサノ(6)、三男金蔵(3)、四男梅吉(1)、斎藤タケ(34)、三男巌(6)、四男春義(3)と要吉ら10人が居合わせていた。

突然居間のあたりで激しい物音と地響きがして、壁が破られクマが飛び込んできた。クマは「まず梅吉を背負いながら裕次郎を抱えていたヤョに向かった。梅吉の足腰に噛みつき親子3人を居間にひきずり、悲鳴をあげるヤョの頭に数度噛みついた。そのとき要吉は隅に隠れようと物音をたてたため、クマは要吉に向い、尻から右腰にかけて肉をはぎとった。

隠れる間もなく側にいた金蔵、春義は一撃で叩き殺され、巌は瀕死の重傷を負った。

野菜置場に逃げ込んだタケは我が子の泣け叫ぶ声で顔を出した所、クマはすぐさまタケを見つけ、いきなりその体に爪をかけ、部屋の中ほどまで引きずった。臨月の身であるタケは、腹をやぶらんでくれ、咽喉を食ってくれと絶叫しつづけたが、クマは生きたままタケの腹を引き裂き、胎児を床上にかき出した。

クマはタケの上半身から人骨をバリバリと噛み砕きながら食べ始めた。

まだ続くがあまりの悲惨さに書くのをやめます。

参考資料

北海道新聞

北の事件簿  合田一道+一道塾

 

|

« 晩秋の火山遺構公園を訪ねて(心霊スポットを訪ねて) | トップページ | 独裁者は処刑される。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/552713/53162040

この記事へのトラックバック一覧です: 我が町にクマ現れる:

« 晩秋の火山遺構公園を訪ねて(心霊スポットを訪ねて) | トップページ | 独裁者は処刑される。 »