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2011年11月27日 (日)

歴史探訪・アンパン道路

札幌市豊平区の老舗「月寒あんぱん本舗ほんま(月寒東2)」10月21日から、道路開通100年を記念して、3種類のあんぱんを順次販売する。

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21日から売り出す第一弾は、町村農場(江別市)など地域に長く根ざしている伝統企業と協力してチーズ(町村農場チーズ)を使った。白あんの甘さの中にチーズの酸っぱさを少し効かせた。

第二弾は福山醸造(札幌)の味噌を若干入れた「トモエ田舎みそ」で、11月中旬の販売を予定している。みその風味がほんのりと口の中に広がる。

最後は、12月中旬から店頭に並べる日本清酒(札幌)の千歳鶴を混ぜた「清酒千歳鶴」。酒まんじゅうに近い味がするという。

3種類とも1個210円。明治期の創業時の味を手作りで再現している。販売は本店や大通り店など5直営店だけで年明けまで行う

豊平村(後の豊平町)で陸軍に菓子納入業を営んでいた大沼甚三郎は、東京銀座で木村屋總本店が開発したあんパンを噂で知り、現物確認は、せずに独自開発によりあんパンを製造し、月餅の生地に似たあんパンが出来た。そのあんパンの製法を指南された一人、本間与三郎(創業者)が月寒村にて「月寒あんぱん」の製造販売を開始した(1906年 「月寒あんぱん」の製造販売を開始。菓子の他、食品・日用雑貨も扱う「大原屋本間商店」を設立。)。終戦後(第二次世界大戦)製造を再開したが、製造メーカーは、唯一となった。当時はツキサップあんぱんと呼ばれていた。

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(あんぱん道路開通100周年を記念して期間限定で販売される月寒あんぱん)

(北海道新聞引用)

明治43年、豊平町(ほぼ現在の豊平区・清田区・南区の領域に相当)の一部が札幌区に編入され、役場が豊平から月寒に移転されることとなった。当時りんご栽培で有名だった平岸と月寒とを結ぶ道路はなく、平岸の住民らは連絡道路の建設を要望。平岸村の分離独立運動まで起きた。

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豊平町は当地に駐留していた陸軍第7師団歩兵第25連隊に道路建設の協力を要請、地元民も参加して全長約2.6キロメートルの道路建設工事が行われ、4か月の工期で1911年(明治44年)に歩兵第25連隊将校集会所(月寒中央通7丁目、現月寒中央公園)、および豊平町役場(月寒西1条6丁目、現月寒児童会館)と平岸(札幌市立平岸小学校付近)を結ぶ道路が完成した。

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あんぱん道路建設風景(ほんま資料館より)

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(現在のアンパン道路。このすぐ左手にはアンパン道路の看板が立てられている)

町は道路工事に従事した兵士に間食としてあんパン(月寒あんぱんとして現在も発売されている)を配布したことから、この道路はアンパン道路という通称で後世親しまれることとなった。(ウィキペディア引用)

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