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2012年3月22日 (木)

間引きの風習

妊婦や気の弱い方は読まないで下さい。

最近読んだ本「宣教師ニコライと明治日本」中村健之介著・岩波書店がある。

ニコライは25歳で来日し、日本ハリストス正教会を函館に設立。しかし、残念なことに、ニコライの伝道記録は関東大震災で全て焼失。作者が調べたところレニングラードの国立中央歴史古文書館にニコライの日記が保管されていた。

日記の中に日本の間引きの風習について書いた部分があり、批判しています。そこで間引きとは何なのか?若干の知識はありましたが、調べてみることにした。

昭和初期、東北地方は大凶作に見舞われました。農家の生活は厳しく、子どもは3人位しか育てることは出来なかった。それ以上赤ちゃんが産まれても育てることはできなかったのだ!

野良仕事をし疲れて帰ってきての唯一の楽しみは夫婦の営みであった。この当時は避妊の道具はなく、望まれない赤ちゃんはドンドン産まれるのです。そのため、間引きは盛んに行われていた。間引きは「口減らし」とも言われて生まれた子供を殺すことです。
間引きは女の子が圧倒的に多い。男の子は労働力になることから生かされることが多い。

殺し方は。

*産婆が「お返ししますか」と母親に聞いて、yesなら。濡れた手ぬぐいを赤ちゃんにかぶせる。

*産婦が膝や太ももの間、お尻の下などで圧殺。または、赤ちゃんの鼻に手やお乳を押し付けて圧死。ふとん、ボロに包む等。

酷いのになると。

*石臼、きうすの下敷きにする。口に塩、鼻にびんつけ油を詰める。生きたままコモに包み、川や海に流す。足で踏みつぶす。

挙げ句、島根、岡山では
「あれがもしもし男の子なら 寺へあがらしょ 学問さしょに
 これがもしもし女の子なら コモに包んで 小なわでしめて
 前の川へそろりと投げる
 上から烏がつつくやら 下からどじょうがつつくやら・・・。」
と手まり歌に歌われたらしいのです。

すごい時代があったもんだ。

一部ネット記事を抜粋。

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