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2012年8月26日 (日)

社説:シベリア抑留 資料公開で実態解明を

毎日新聞 2012年08月23日 02時30分

 <数勺(しゃく)の粥(かゆ)すゝりつゝ強行す 妻子の幻(かげ)を瞼(め)にうかべつゝ>

 <あきらめし吾のひとみは窓外の 雪のシベリヤあかずながむる>

 今年も、シベリア抑留を思い起こす8月23日になった。冒頭に掲げたのは大津市の井上治平さん(1912〜97)が残した歌だ。井上さんは1942年に旧満州(現中国東北部)へ出征。45年から約2年間、シベリアで抑留された。

 昨秋、孫が遺品を整理していて護符巻(お守りの巻物)をみつけた。裏面には現地で詠んだ50点余の詩歌が小さな字で書かれていた。極寒の厳しい暮らしや連行される不安、妻子への思いが伝わってくる。大津市歴史博物館の樋爪修館長が2カ月かけて読み解き、今夏に公開された。

 第二次世界大戦の終了後、旧満州などから、約57万5000人(厚生労働省調べ)の日本人がソ連領やモンゴルへ連行され、労働を強いられた。このうち約5万5000人(同)が抑留中に亡くなったとされる。旧ソ連の最高指導者スターリンが抑留を指示したのが8月23日だったことから、毎年、国立千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)で犠牲者を追悼する集いが開かれている。

 2010年に施行されたシベリア特措法に基づき、生存者たち6万8847人に、25万円から150万円の特別給付金が支給された。平均年齢は約89歳と推定される。さらに抑留実態の解明や遺骨収集、体験の後世への継承が求められる。

シベリア抑留に関する研究は立ち遅れていたが、10年12月に専門家たちが「シベリア抑留研究会」を結成した。代表世話人の富田武・成蹊大教授は文書公開の必要性を訴える。

 ロシア側から日本に引き渡された51万人分の個人登録簿は、本人や遺族でないと読めない。登録簿には名前や家族構成、収容所の場所など、約40項目が記述されている。厚労省は「個人情報」として一般公開していないが、研究目的のためには公開すべきだろう。

 一方、ロシア側の公文書の開示も遅れている。各収容所に何人の日本人がいて、どう運営していたのか。今はロシアに通って、通常の閲覧手続きで手作業で写すしかない。政府レベルのバックアップが必要だ。

 後世に伝える仕組みを充実させるのも緊急の課題だ。国の施設としては平和祈念展示資料館(東京都新宿区)が戦後の強制抑留を柱の一つにしている。入場無料でわかりやすい展示だ。でも、調査研究の拠点や資料の収集を期待する声もある。活動を充実させ、効率化するためにも、昭和館(東京都千代田区)など、他の戦争体験を語り継ぐ国の施設との連携を深めることが望まれる。

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