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2012年9月 5日 (水)

寛仁親王殿下逝去90日:彬子さまが葬儀の秘話を語る

毎日新聞 2012年09月05日 02時30分(最終更新 09月05日 02時35分)

インタビューに答える彬子さま=東京都港区の赤坂御用地で2012年7月25日、手塚耕一郎撮影

インタビューに答える彬子さま=東京都港区の赤坂御用地で2012年7月25日、手塚耕一郎撮影

 「ヒゲの殿下」として親しまれた寛仁(ともひと)親王殿下が6月6日に66歳で亡くなってから90日となり、長女彬子(あきこ)さま(30)らの喪が4日明けた。新たに宮家の「顔」になって活動を再開する彬子さまは、毎日新聞の取材に、葬儀の秘話や今後の活動などについて語った。

寛仁さまの容体が急変した時、彬子さまは学会のシンポジウムに出席するためにポーランドにいた。「すぐに帰国したい」と思ったが、「学会発表もせずに帰国すると、父に怒られるような気がする」と、シンポ初日の発表を済ませ、6月6日に帰国し、病室に駆けつけた。寛仁さまは、その日、彬子さまや次女瑶子(ようこ)さま(28)らにみとられて静かに息を引き取った。

 彬子さまが喪主として通夜や葬儀に追われていたある日、遺品を整理していると、寛仁さまが愛用していた革の財布の中にピンク色の折り紙で作られた小さな紙片があるのを見つけた。表面には「おとうまのおさいふ」と幼少時代の自分が書いた字があった。

 寛仁親王家では、父は「おとうま」、母は「おかあま」と呼んでおり、彬子さまが幼稚園の頃に父にプレゼントしたものだった。「25年以上持ってくださっていた。私も覚えていなかったのにと思うと、涙が止まらなかった」。写真を撮った後、「おさいふ」は副葬品に入れた。

続く

http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20120905k0000m040123000c2.html

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