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2012年11月19日 (月)

麻雀に狂った男・・・49

競馬新聞、ダービーニュースのバイトをしていた頃、麻雀狂でもあった。勤めていた会社の就業時間は8時半~17時。

仕事で毎日顔を出す会社(役所関係)があり、そこは4時半で仕事終了。当直室は麻雀のたまり場になっていた。着替え後、すぐ2卓くらい毎日誰かが麻雀していた。私はそこのカモであった(笑)。お昼にはすでにメンバーは決まっていた。もちろん私もメンバーの一員。お客さん相手の麻雀ですから会社も大目にみてくれていた。

後に所長が当社へ天下りし、私の上司となっり、仲人をやる羽目になった。がこれには一悶着あった。理由はお前みたいなろくでなしの仲人はやらないと言い出したのだ(笑)。この上司は口は悪いが物分りがいい人でもあった。

麻雀は1000点50円の賭けマージャンで1か月の負債は1万円位。返済はボーナス払い。この会社の連中は皆、麻雀は上手くプロ並みであった。

私には別の麻雀仲間もいた。この連中は会社の飲み仲間で、溜まり場は私の部屋(何故か貧乏人が宮の森高級住宅街のマンション)。卓は2卓いつも出しっぱなし。鍵をかけていなかったこともあり、誰か必ず居た。金曜日から雀荘のようでした。

ここで私は、お師匠さんと呼ばれていた。このメンバーでは群を抜いていたのだ。ここで、プロに負けていた負債を稼ぎまくっていた。

会社には麻雀クラブがあり毎月定期大会を開き、6か月のトータルで総合優勝を決めていた。2回連続総合優勝をすると大きなカップを貰えたが、私は2回目の総合優勝へ向けて大手をかけたが、優勝をあきらめ棄権をしたことがあった。重役連中への媚びが酷くなってきたからである。このメンバーには社長以外の重役も入っていたのです。

私にとって大きな大会は日本生命の大会であった。参加人数は1500人位で優勝は250ccのバイクであった。その他も豪華な賞品である。

3回戦勝負、2回戦終わったところで15位くらいにつけていた。最終戦はトップくらすの星の潰しあい。東戦終わったところで、あわよくばビックスリーにはいれるような点数差。最終ラウンドは奇跡が起きるのではないかと思う、大きな手が回ってきた。大三元である。今でもはっきり覚えている。すでに手中には白3枚と中3枚があり発も1枚あった。

情報が刻々と入ってきて、私が4万点プラスするとトップ。ここは無理しなくてもトイトイでも4万点は超す。そこで弱気になり、トイトイに作戦変更。ところがトイトイもあがれず試合終了。試合終了後の検討会で私が変更しなければ大三元上がれた。弱気が勝負の分かれ目でした。

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