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2013年12月 6日 (金)

エスキモーのH習慣

アラスカ物語(新田次郎

この話はフランク安田の生涯を書いたノンフィクション物語。

明治元年、宮城県石巻町に生まれた安田恭輔は15歳で両親を失う、外国航路の見習い船員となり、やがてアラスカのポイントバローに留まった彼はエスキモーの女性と結婚し、アラスカ社会に融け込んでいく。食糧不足や疫病の流行で滅亡に瀕したエスキモーの一族をベーバーの町に移住するまでの苦難に満ちた生涯。

エスキモーとは(生肉を食う人)差別用語で通常は使われない言葉、役所の書類はイヌイートとかイヌイットとして使われている。

生肉を食うことは極北の森林限界地域に住むエスキモーにとってビタミン供給源、壊血病の予防にかかすことの出来ない食生活(初期の探検隊は壊血病で亡くなった人が多い)。

それではエスキモーの性生活の一部を紹介します。

夫婦の寝室は・・・と言っても家族みんな同じ部屋で寝ますが、夫婦は一つの寝袋にいつも素っ裸で入る、夫婦の営みをするときは、ごそごそ動くから家族はだいたいなにをしているか分かる。

エスキモーはお客さんが見えると自分の奥さんを一晩抱かせる習慣がある。またクジラをモリで仕留める時はモリの名手を船主が決めます。この時も前の晩に船主の奥さんまたは奥さんが年よりの場合、長男の嫁をあてがう。

夫婦交換も日常茶番時に行われ、長期に狩猟に出かける時もやはり妻を交換して行くのがしきたり。

しかし、このような羨ましい(笑)習慣もキリスト教が布教されるにつれて廃止されていった。

話しは少しずれるがペルーのインカ帝国の時代にもインディオに似たような習慣があった。

インカ皇統記(インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガ)

結婚式に新郎の親戚や親しい友人が新婦を犯す習慣があった。また人食いの習慣(自分の子供は12歳で食べる、奥さんも子供が産まなくなれば食べる)もありましたが、これもスペインに征服されキリスト教が布教されてから次第になくなった。

亜細亜ふむふむ紀行(群ようこ)

話しは大分ずれますが韓国の男性は裸足は恥ずかしい行為、よってHも靴下をはいてするそうですが、本当ですか?韓国の男性か女性教えてください(笑)。

ウォーキング日記

12月の目標 775.000歩「1日25.000歩(20.0km)」
12月5日 走法 ラン&ウォーク25.611歩「20.5km」
12月トータル43.456(34.8km)

達成率34.8%

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