「アイルワースのモナリザ」は、本当にレオナルド・ダビンチ(1452〜1519年)が描いたのか−−。先月、「本物」とする鑑定結果が発表され、世界の関心が集まっている。「アイルワース」は一体どんな作品なのか。真贋(しんがん)論争が決着する日は来るのか。
「アイルワースのモナリザ」は1913年、英ロンドン市西部のアイルワースで発見されたことから、研究者の間でこう呼ばれてきた。複数の所蔵家を経て、現在はスイスのチューリヒに本部を置くモナリザ財団が事実上管理する。先月27日に記者会見し、「若いモナリザを描いた作品」と発表したのも同財団で、公式サイトによると「アイルワース」の研究を推進するために設立され、銀行経営者が代表を務める。
この絵は、昨年から今年にかけて静岡、福岡、東京を巡回した「レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想」展(毎日新聞社など主催)で世界初公開されるまで、専門書の図版で知られる程度だった。縦84・5センチ、横65・7センチ。パリのルーブル美術館の「モナリザ」は縦77センチ、横53センチと小ぶりだが、左手に右手を重ねたポーズはほぼ同一だ。財団は、35年以上調査を続け、顔の比率や隠れた技術が同じ▽紫外線・赤外線調査や炭素年代測定などのテストで16世紀初頭の絵と確認できる、とした。
一方、異論を唱える研究者も多い。ルーブル版がポプラの板に描かれているのに対し、キャンバスに描かれていることなどが指摘されている。財団は、ダビンチはキャンバスに強い関心を寄せ、布を描いた習作でも使用している、としている。
もともと、ダビンチの「モナリザ」については、16世紀の画家・建築家バザーリが書いた「芸術家列伝」やドイツで発見された1503年の記録などを根拠に、複数の研究者が2点ある可能性を指摘していた。一人の画家が同じ題材を複数描くことは現代でもある。ダビンチが生きたルネサンス期に人気を得た絵画は、弟子が複製画をつくったり、後世の画家が模写したりすることもよくあり、鑑定は容易ではない。
「美の理想」展は、ルーブル版「モナリザ」から生まれた女性像の広がりを紹介。「アイルワース」は作者を特定せず、ダビンチによる「1503年の未完成作説あり」と説明された。そのほか、後世の画家の模写や版画など、十数点の「モナリザ」が並んだ。
続く
http://mainichi.jp/select/news/20121006k0000e040216000c2.html
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