歴史

2019年2月26日 (火)

開拓農民土地台帳謄本

数年前の記事を一部修正し再投稿します。

田舎の物置を整理していたところ、こんなものが出てきた。

5厘證券印紙で委任状

11_3_2

↑署名年月日は大正?明治?

これはごく一部、


全体の書体は全然読めない。


分かる範囲で説明すると、小樽に開拓者として


入植した人達の書類のようです。

ワシの先祖は開拓者(函館)ですから、その繋が

りがあるのか?



↓虫くってます

明治2年らしい?


140年前、このような古文書は6枚あります


2月ラン&ウォーキング日記(60ヶ月連続100万歩挑戦)
 
①2月の目標 100万歩「1日35.800歩(28.6km)」
 
②2月26日の実積 22.027歩(17.6km)
 
③2月トータル983.708歩(787.0㎞)
 
④達成率98.1%
 
今日も皆様にとって、素敵な一日になりますように

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2018年3月23日 (金)

日本人と西洋人の箸とフォークの歴史

お勉強の時間です
 
皆さん箸とフォークの歴史を知ってますか?
 
それでは、お勉強の前に
 
起立
着席
今日のは、ぽんすけ先生のお話しです。
人間は時代を遡ると食べ物は手で食べていたが、次第に食生活の変化から日
本人は箸を西洋人はフォークを使うようになった。
箸は米のようにネバネバしたものを食べ易くするし、フォークは肉を刺して食べ
るに都合よく出来ている。
箸の歴史は7世紀に中国から伝来し、一般市民に箸が普及し、手食から箸食に
変わったのは8世紀の初め頃。
フォークが一般市民に普及しだしたのは18世紀に入ってから、その頃まで手食だったことからフォークは手の代用、フォークの歯は指と同じく5本あった。
4本歯が本格的に使われるようになったのは、19世紀初頭からである。
世界の約3割は箸食で4割は手食、3割はナイフ、フォーク、スプーン。
手食は不潔、野蛮と言ったネガティブなイメージがあるが手を綺麗に洗ってから親指、人差し指、中指の3本で食べる。
しかし、手食の国の中にはお尻を洗うのに左手を使う文化がある(紙は使わない)。
食事は右手、お尻は左手。用を足した後には石鹸で綺麗に洗う訳ですから、清潔です。
と言いましてもその手で寿司を握り、はい、どうぞ!と出されたら食べれますか?(笑)。
こうして見て見ますと手食は非衛生的と言う訳でもないが、日本人が早くから箸食、世界的に誇れる衛生的な食生活だと言える。
3月ラン&ウォーキング日記(49ヶ月連続100万歩挑戦)
 
①3月の目標 100万歩「1日32.500歩(26.0㎞)」
 
②3月23日の実積 32.818歩(26.3㎞)
 
③3月トータル865.525歩(692.4㎞)
 
④達成率85.9%
 
日を増す毎に、日差しが強くなって来ました。今日も健やかにお過ごし下さい。

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2018年1月15日 (月)

古文書

田舎(函館)の物置を整理していたところ、こんなものが出てきた。
 
委任状かな?」
 
5厘證券印紙がのり付け
 

O0220035114110762760

 

署名年月日を見ると明治らしい、これはごく一部。
 
全体の書体は全然読めない。
 
O0125081714110762762
 
明治あとは分からん
 
分かる範囲で説明すると、小樽へ開拓者として入植した人達が役所へ提出した書類のようである。
 
O0220014714110762766
 
ワシの先祖は開拓民であったことから、その繋がりがあったのかも?
 
O0220054514110762773
 
 
土地台帳謄本請求」の字は素晴らしいね。
 
虫くっている。歴史的に重要な書物に思われるが?
 
明治2年らしい。140年前、このような古文書は6枚ある。
 
「140年以後この書物は1.400万円」になると書かれておる。
そこのアナタ14万円で売るけど、買いませんか?
ポロ儲けだな、良かったね!
早く買わないと無くなりますよ。
 
1月ラン&ウォーキング日記(47ヶ月連続100万歩挑戦)
 
①1月の目標 100万歩「1日32.300歩(25.8km)」
 
②1月15日の実積 29.904歩(23.9km)
 
③1月トータル513.218歩(410.6㎞)
 
④達成率54.2%
今日も皆様にとって、素敵な一日になりますように。
 

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2017年5月23日 (火)

古道をゆく

4月頃の写真です。
 
関連記事は毎年一度か二度流します。
 
銭函から道なりにおたるドリームビーチへ向かう
 
O0640048013937764862
 
途中から獣道となり、今から約50年前の古道は、一年に数人の人が通るのみ。
 
O0640048013937764885
 
古道をゆくと、草の中に埋もれたガードレールが見えてきた。
 
O0640048013937764897
 
ガードレールの先に新川に架かる廃橋がある。橋のガードレールは朽ちて脱落していた。
 
O0640048013937764904
 
橋の工事は、オタナイ村の住民が居なくなったことから中止となり、先端部分にガードレールは設置しておらず、危険極まりない。
 
先に橋桁が見える。この橋迂回し真っ直ぐ行くとオタナイ村の石碑が見えてくるのだが、今回はここまで。
 
O0640048013937764911
 
廃橋から望む日本海に注ぐ新川河口。
 
O0640048013937764914
 
廃橋から望む増毛連峰の山並み、頂上は雪に覆われていた。
 
O0640048013937764920
 
廃橋から望んだ、手稲山連峰の山並み
 
O0640048013937764970
 
遠くから見た廃橋、右側の先端部分で橋は未完成となっているのが分かる。
 
O0640048013937764983
 
橋の向こうにあるオタナイ村については、早い機会に流します。
 
5月ラン&ウォーキング日記(39ヶ月連続100万歩挑戦)
①5月の目標 100万歩「1日32.300歩(25.8km)」
 
②5月23日の実積25.761歩(20.6km)
 
③5月トータル882.569歩(706.1km)
 
④達成率88.1%
 
今日も皆様にとって、素敵な一日になります様に 。
 

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2014年7月 1日 (火)

我が町の今昔物語・・・光風館

札幌市手稲区富丘に札幌付近では最高の温泉旅館があった。明治21年に建設、当時定山渓でさえ1軒よりなかった。

光風館(貴重な写真である)



その後、富丘温泉となり

現在は民家となっている。
Photo 

当時の光風館は国道5号線から石畳の舗装道路があり、道路の淵はスズランの群生地で季節になれば香ばしい匂いが漂っていた。

現在はその面影はないが、この舗装の下は石畳。前方のトンネルを抜けると光風館跡の石垣を見ることが出来る。

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有名な宿泊客は高松宮妃殿下、まだ徳川喜久子姫の時分、夏休みをここで過ごされた。


当時の交通機関は4輪の乗合馬車であった。

富丘今昔物語・手稲開基110年誌手稲の今昔参照・非売品

ウォーキング日記

 

6月の目標 775.000歩「1日25.000歩(20.0km)」

 

6月30日 走法 ラン&ウォーク 45.956歩(36.8km)

 

6月トータル 1.206.614歩(965.3km)

 

達成率160.9%

今月、ウォーキング大会が6日間あったことから、凄い歩数となった。

6月トータル 1.206.614歩(965.3km)は歴代2位の記録。因みに1位の記録は2012年5月の1.256.104歩(1.005km)。今回の記録は僅か49.490歩及ばなかった。

 

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2014年2月25日 (火)

戦国時代の死刑

戦国時代の死刑は誰でも御存じ切腹。

この頃は裁判所があるわけでもなく、死刑を言い渡すのは、その多くは殿さま。

受刑者は白装束に身を包み、腹を十文字に切り裂く、この時介錯する人がいる。

介錯とは、切腹する人のそばに付き添っていて、その人が刀を腹に突き刺すと同時に、その首を斬って死を助けてやること。また、その人。

実はこの時、思わぬトラブルが発生することがある。

介錯する人がベテランなら良いが、慣れていないと、1回で首を切り落とせない。

介錯のタイミングは腹にキズが付いた瞬間に首を切り落とすのが、処刑者を苦しめないが、刀を振り落としたは良いが、首でなく肩に当たったり、頭に当たったりするのがある。

切腹する本人は肩を切られたり、頭を切られたりするもんだから、楽にするはずが苦しみながら気絶する、それでも介錯人の仕事は首を落とすことですから、この人も大変。

その後はどのようにして首を落としたか?アナタ想像にお任せ(笑)。

ウォーキング日記

2月の目標 700.000歩「1日25.000歩(20.0km)」 

2月24日 走法ラン&ウォーク 41.070歩「32.9km」

2月トータル847.960歩「678.4km」

達成率 141.3%

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2013年12月22日 (日)

美味しかった人肉・・・知床半島ひかりごけ事件

太平洋戦争まった中の昭和18年12月4日、北海道根室港を経ち小樽港へ向かった日本陸軍暁部隊所属の「第五精神丸」、7人乗組みが知床岬沖で大シケに遇い、遭難した。

7人のうち5人は大シケで死亡し、シゲと船長が真冬にずぶぬれとなりながら空き家の番屋にたどりついた。

それから2カ月経過した、昭和19年2月3日夕、知床岬から20kmほど離れた羅臼町岬町、漁業、野崎初蔵(71歳)宅に外套の上にムシロを巻きつけた異様な男が一人、倒れこむように入ってきて助けをもとめた。

番屋の生活は食べ物はなく、毎日海岸に出て昆布を広い食事にしていたが、昆布を食べると便秘が酷く、棒でお尻の穴を突かないと出ないようになった。

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そのうちシゲはやせ衰え動かなくなった。死んだのだ。

船長は横になっているシゲの屍をみているうちに、どうしても我慢できなくなり、股のあたりを包丁でそいで味噌で煮て食べてしまった。

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その味はいまだに経験したことのないほど美味しかった。

また、斧で頭部を割り脳味噌を食べた時がもっとも精力がついたような気がした。

むちゃくちゃに食って食いまくった。

ああ、旨いなと思ったのはだいぶ後になってから。


食べた後の心境はなんと表現したらいいか分からない。ただ死ぬから食いたい食いたいと言う意識にかりたたされ手をつけた。

骨と皮膚を残しキレイに食べられたシゲさん。

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船長のトイレ

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山下格北海道大学医学部教授・同大付属精神科長の話し

この時の船長は、餓死感と孤独感の二重の責苦にさいなまされていたとみていいでしょう。しかも、救助、生存の可能性を経たれた孤立した閉所ですから、その責苦は常識をはるかに超えたもの。

この後船長は裁判となり懲役1年の刑に服す。

合田一道「裂けた岬」 ・・・「ひかりごけ」事件の真相

ウォーキング日記

12月の目標 775.000歩「1日25.000歩(20.0km)」
12月21日 走法 ラン&ウォーク35.922歩「28.7km」
12月トータル598.115「478.5km」

達成率113.9%

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